現在行われている沖釣りで最も深い海へのアプローチは1,000mラインに挑むベニアコウ釣りだ。
東京タワー3本分の、遥か千尋の底に釣り糸を垂らす。おいそれとは想像の及ばぬ超深海からアタリを取るロマン。この釣りこそ、正しく究極の深海釣りだ。
関東周辺でこの釣りが乗合で行われているのは千葉県・南房総地区の極一部に限られ、仕立船にしても同地区と外房、真鶴に数えるほど。 「ベニアコウ」の正式名は「オオサガ」。最大20kgにも成長する大型のメヌケだが、現実的にはアベレージ5〜6kg、8kg以上なら充分大物と言える。
文献には「銚子以北に分布」とあるが、沖釣りでの現実的なポイントは「以南」であり、南伊豆や駿河湾、遠州灘でも可能性があるのでは、と以前から考えられて来た。 とはいえ実際に挑戦した釣人・船長は皆無に等しく、(伊豆諸島沖では漁獲情報あり)上記海域のベニアコウは想像の域を出ない存在だった。
しかし、今年5月、南伊豆沖でベニアコウに挑んだ船長が居た。子浦港の喜三次丸・大村清その人である。清水の水産試験場から「南伊豆でもベニアコウの可能性あり」との情報を入手した常連氏と共に1,000mラインを探索、神子元南沖に「根」を発見する。
南伊豆では「最古参」の一人である船長ですら、こんな所に「根」があるとは思いもよらなかったと言うから、少なくとも釣りでは「前人未到」と考えて差し支えなかろう。 船長の初挑戦は本命の姿を見る事無く終わったが、この話は僕の釣欲を掻き立てるに十分の内容。
虎視眈々と挑戦の時機を覗っていたのである。  




  
500号錘を使用するが、ただ単に錘負荷をクリアーできるだけでは不充分。
海底を「トントン」と叩くことができる穂持ち〜元の強さ(イコールアクション)と1,000mからのアタリを伝達する敏感な穂先、時に数十kg以上に達する大負荷に負けない強度と粘り、長時間の巻上げで口切れさせないしなやかさを併せ持たなければならない。
深海専用に開発されたグラスファイバー素材のワンピースチューブラーロッドがこの釣りには最適。
お勧めはブイパワープレミアム210VH。


  

  PE12〜15号を1,400mは巻いておきたいので、コマンドX9以上の最大級電動リールに限定される。 個人的にはスムーズなドラグを搭載したCX10(12号)にテンションアジャスターを使い巻き込む。ラインが細く、スプールが軽いので仕掛の着底が早いメリットがある。但し、縄切り魚などによる高切れを考慮すると予備のリール、又はラインを用意する必要がある。


  

  幹糸30〜40号、ハリス24号、鈎ムツ25〜28号。鈎数を6〜8本に抑え、仕掛の着底の早さ、捌き易さを優先する。
 現状キンメやアコウの様に一時に2桁の魚が連なるケースは殆ど期待できないし、「ある程度幅広く探る」のは幹糸間隔を2.5mと広く取ることで解決できる。
この仕掛なら2組を交互に使うことで一日の釣りに対応可能だ。(但し、縄切り対策として4組は必ず持参する。) フラッシュカプセル Sタイプ、ヨリトリ器具は有効なギミックである。
イカキッタン夜光は鈎1〜2本置きに配す。

  

 餌持ちを考慮し、イカ短冊を使用。開いたスルメを縦方向にカットし、一杯から6枚と通常よりも大振りの短冊を取る。グルタミン酸で味付けを施す裏技もあるが、この場合は魚の身餌と異なり、塩は振らない。短冊は頭側縁の中心線上なるべく端にチョン掛けする。



 2003年9月13日、「酔狂」に付き合ってくれる釣友2人と共に子浦港を訪れる。
僕以外のメンバーは船長も含め「ベニアコウを生で見た事も釣った事もない」のだから、正しくチャレンジャーだ。
直前情報は「灘〜中深海は潮が早い」。当然ながら超深海は「潮」が速ければ釣りにはならない。正に祈るような気持ちの第一投となったが、ベニアコウポイントは予想外のトロさ。ラインはほぼ垂直に海底を目指す。
1050回転(実測メーターは使用していないので)で着底。殆んど糸フケが無いと言って良いレベルだが、それでも初期段階では錘が海底から完全に離れるまで10m以上の「フケ」を取らなければならない。 喰わせるまでの攻め口はアコウダイ同様。
錘が底を叩く状態を維持すべく、マメに底ダチを取り直す。 流しも終盤に差し掛かった頃、小さなアタリをキャッチ。
南伊豆沖初の獲物は小型のミズウオ。
北海道・浦河沖でのベニアコウの際、1mオーバーの同魚が上がった。「本命」の期待へと繋がる一尾だ。
2投目。潮方を確認した船長は投入地点を変える。全員スムーズに投入するも、600mで胴の間のラインがフワフワッ!とフケる。アブラソコムツに「捕まった」のだ。
ベニアコウ釣りでは「よくある事」だが、ラインが止ってしまえば巻かざるを得ない。30m程で最初の突っ込みが来たが、その後は忘れた頃に引っ張る程度でスムーズに上がってくる。 「小さいんですかね」と釣人は首を傾げる。
しかし、小さな魚が500号の錘を止めるはずもない。 「20kg位あるでしょう。残り200mからですよ。明るくなってくると暴れるから。」とレクチャー。
案の定ラスト200を切ると、今までが嘘のような激しい抵抗を見せる。暫しの後、海面下に姿を現したのは20kg級。「初めて見る魚ばかりだ」と船長も興味深げ。
大捕り物が終わって釣り座に戻り、底ダチを取り直す。 「良い所を流れてるよ」と船長が告げたその瞬間、僕のロッドに明確なアタリ! 潮が効かない時のベニアコウは糸を送り出してもソコダラばかりが喰い付くので、そのまま待つ。
「良いアタリが来ましたよ」時を同じくして舳先からも声。 「巻いてみようか」船長の声で前から巻き始める。「品の良い引きですよ」と笑顔。 100mほど巻いた所で僕にも巻上げの合図。ロッドには結構な負荷が掛かる。ドラグを十二分に効かせ、やや低速で巻く。船が上がった時に巻上げがストップする大負荷は、かなり期待が持てる。 何しろ1000mもの道中。ウネリが大きい時は慎重に巻いても外れるケースが往々だが、今日の南伊豆沖は予報に反しベタ凪。
これだけでも随分と気持ちに余裕が出る。 「自分だけ蚊帳の外だぁ」と胴の間はぼやく事頻り。アブラソコムツにやられた釣人の両隣で本命、の酷なシーンは南房総ではよくある事だが。 舳先の仕掛が上がり、「軽いですよ」とどんどん仕掛を手繰り込む。潮が暗い事もあって、決定的瞬間は唐突に訪れる。
釣人が仕掛の処理に気を取られている隙に緋色の巨体が船縁のすぐ前に「ガボッ!」と飛び出した! 「出たぞーっ!」僕の声で皆の視線が海面に。 「ウォォーッ!!」歓喜と驚愕が一体となった叫びが上がる。 一目で8kg上と知れる魚体。船長自ら取り込んだ「南伊豆第一号」は9kgの大物だ。 やはり南伊豆にもベニアコウは生息していた。
笑顔が魚の重さで苦痛の表情になるまで続いた記念撮影が終わり、いよいよ僕の番。 CX10がストップすると、ラインがスーッと前方に走り出す。 「クライマックスシーン」を演出すべく、敢えて仕掛を手繰らず、沖合いを見つめてじっと待つ。通常なら白っぽい影がチラチラ揺れ、見る間に大きく、オレンジ色に変わり…の段階を経るのだが。 潮の暗さから唐突に「ガボッ!」と真紅の大輪が海面を割る。スッと拳を突き上げ、勝利のアピール。
「出たーっ!」「これもデカイぞっ!」こちらもジャスト9kg。もう充分満足。 3投目の投入直後に「今日はもういいだろう」とばかりに南風が吹き始め、早々に巻上げ。正味「2投半」の早上がりながら、次に繋がる一日となった。
南伊豆のベニアコウは未だ全くの手探り状態。今後が大いに期待されるが、同時に今回の「成功」は駿河湾や遠州灘のベニアコウ開拓にも大きな布石となった事だろう。


船宿 喜三次丸 南伊豆子浦港

TEL 0558-67-0821

仕立 3名 \40,000

餌・氷付

ベニアコウ以外にも石廊崎沖のアコウ・大アラ・アカムツ・オニカサゴなどの根魚、活きイカ餌(土曜日は協定により不可)のイシナギ(5〜6月)・モロコ・青物などにも出船。